名古屋地方裁判所 昭和36年(ワ)1338号 判決 1962年11月30日
原告(反訴被告) 小林木材有限会社
右代表者代表取締役 小林秀義
右訴訟代理人弁護士 高田嘉雄
被告(反訴原告) 日本通運株式会社
右代表者代表取締役 福島敏行
右訴訟代理人弁護士 星野国次郎
主文
原告(反訴被告)の本訴請求及び被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は本訴の費用を原告(反訴被告)の負担とし、反訴の費用を被告(反訴原告)の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
別紙目録記載の原木一〇九本について原告主張の如く佐吉駅発二車分四二本及び三八本、高野口駅発一車分二九本としてそれぞれ通運の委託がなされたこと、右原木がいずれも被告白鳥支店に到着し、同支店が占有するに至つたことは当事者間に争がない。
証人加藤国明≪中略≫の各証言≪中略≫によれば、右原木佐古駅発一車分四二本は昭和三六年五月一日午前五時頃、佐古駅発一車分三八本及び高野口発一車分二九本は翌二日午前五時頃それぞれ国鉄白鳥駅に到着し、各午前七時頃被告会社白鳥支店到着係が荷の確認をして国鉄から引渡を受けた後、佐古駅発一車分四二本については同年五月一日の午前八時頃、佐古駅発一車分三八本及び高野口駅発一車分二九本については翌二日の午前八時頃いずれも荷受人である訴外杉山商事に対し電話で右原木の処置について指示を求めたところ、訴外杉山商事において事務につき一切を委されている平野某が右原木をいずれも名古屋市内大曽根の東陽木材市場へ運ぶように電話で指示したことが認められる。
被告は右の如く荷受人から電話で運送品の処分についての指示を得たことをもつて荷受人に対し言語上の引渡をなすと共に荷受人のために保管するに至つたものである旨主張する。しかしながら荷受人は荷送人運送取扱人間の通運契約の当事者ではなく運送品受領の権利を有するけれども当然に受領の義務を負うものではないから、運送品到着後荷受人が通運業者から運送品の性状数量等について異常がない旨の報告を受けるや右報告に信頼して運送品取引の意思を明らかにした場合は格別、その様な特別の事情がない限り荷受人が運送品を引き取るため点検する間は未だ確定的に引渡がなされたものということはできないのであつて、証人加藤国明、山守照正の各証言によれば、被告会社白鳥支店扱いの運送品の引渡についても通常荷受人が運送品の確認に来るか、或は指示された配達先において運送品を点検後受領する方法によつており、受取書もこれらの際に授受されているのであつて運送品到着後荷受人との間に電話で連絡したのみでは受取書の授受をしていないのみならず、被告会社白鳥支店から訴外杉山商事に電話で運送品到着の通知がなされた際、訴外杉山商事が運送品の性状数量等についての確認を了承した事実のないことが認められるから、荷受人に対し運送品点検の機会を与えることもなく一方的に電話で到着の通知をなし、荷受人の方で配達を指示した段階においては荷受人への引渡は未だなされていないものというべきである。被告においては右の如き電話による連絡の段階をもつて言語による引渡をなしたものとしているが、これは被告会社内部の取扱をいうに過ぎない。もつとも前記乙第三号証の一乃至三の各記載、証人加藤国明、山守照正の各証言によれば、被告白鳥支店は右電話連絡の後一週間を経過しない間に訴外杉山商事から本件原木の受取書を受領しているが、右受取書は後日作成されたものであつてその授受は訴外杉山商事が昭和三六年五月二日原告に荷渡指図書三通(成立に争のない乙第六号証の一乃至三)を渡し(この点については当事者間に争がない)、訴外杉山商事自らは本件原木の引渡を受ける意思のないことを表明した後であり、また訴外杉山商事が現実に右原木の点検をなした事実もないのであるから、右受取書の授受をもつて本件原木が訴外杉山商事に引渡済であるとみることはできない。ただ前記の如き被告の運送品到着通知に対して荷受人がなした運送品に関する指図は商法第五八二条にいう荷受人が運送品の引渡請求をなしたのに当るものということができるのであつて、これによつて以後荷受人は運送品に対する処分権を荷受人に優先されるという効果を生じることになる。
次に原告が高野口駅発一車分の原木二九本について昭和三六年五月一日被告会社高野口出張所に対し荷受人訴外杉山商事とあるのを原告会社名古屋出張所に又運賃先払を元払に変更する旨申し出、佐古駅発二車分の原木四二本及び三八本について荷受人名義人になつている訴外木内材木店を通じて訴外徳島通運に対し荷受人を原告、荷受人を原告会社名古屋出張所に変更する旨申し出、右変更通知が昭和三六年五月六日被告会社白鳥支店に到達したことは当事者間に争がない。右争のない事実並びに成立に争のない甲第一号証≪中略≫によれば次の事実を認めることができる。原告は訴外杉山商事から原木代金支払のために同訴外会社振出の約束手形を受け取つていたが、昭和三六年四月末頃に至つて右約束手形の支払が拒絶されたので、訴外杉山商事との取引を続けることに危険を感じ、すでに発送した本件原木合計一〇九本(佐古駅発の原木についても右は原告の所有であつて、事実上は訴外木内材木店をして原告を代理して通運契約をなさしめた関係にある)を取り戻す手筈として、(イ)高野口駅発一車分の原木二九本について昭和三六年五月一日午前九時被告会社高野口出張所に対し前記の如く荷受人等の変更を申し出たので、被告会社高野口出張所は同日午前一〇時電話で被告会社和歌山支店に対し被告会社白鳥支店宛にテレタイプで右変更手続をするように依頼し、右変更通知は同和歌山支店、大阪支店及び名古屋支店を経由して翌二日午後三時から四時頃の間に被告会社白鳥支店に到達し、(ロ)佐右駅発二車分の原木四二本及び三八本について荷受人名義人となつている訴外木内材木店を通じて訴外徳島通運佐古支店に対し前記の如く荷受人等の変更を申し出たので、訴外徳島通運佐古支店は昭和三六年五月四日被告会社白鳥支店に対し文書をもつて右変更の旨を通知し、右通知は同月六日被告会社白鳥支店に到達したものである。
ところで荷受人は運送委託後における事情の変化に対処できるように運送品が到達地に達し且つ荷受人がその引渡を請求するときまでは運送人に対して運送の中止、運送品の返還等の処分を請求することができるものである。前記認定するところによれば、原告は訴外杉山商事が原木代金支払のために振り出した約束手形の支払を拒絶したのでその後の原木の送荷を中止すべく運送品返還の方法として荷受人の変更を申し出たのであるから、右の如き荷受人変更は運送品返還の処分に当るものとして荷受人たる訴外杉山商事が運送品到達後引渡請求をなしその結果荷受人に優先して運送契約上の権利を行使し得るに至る迄の間において有効であり、右以後においては荷受人が運送品に対する権利を放棄することによつて荷受人が再び運送品処分権を行使し得るような事態が生じない限り、荷送人による荷受人の変更はできない。本件において訴外杉山商事が本件原木のうち佐古駅発四二本について昭和三六年五月一日午前八時頃佐古駅発三八本及び高野口駅発二九本について翌二日午前八時頃その到着通知を受けた際、右原木をいずれも東陽木材市場へ運ぶよう指示したことは被告に対する運送品の引渡請求とみるべきものであるところ、高野口駅発一車分二九本については昭和三六年五月一日午前九時頃被告会社高野口出張所に対して荷受人変更の手続がなされたが、右変更通知が被告会社白鳥支店に到達したのは翌二日午後三時から四時の間であつたことは前記のとおりであつて、それは訴外杉山商事が右原木の引渡請求をしたとみられる同月二日午前八時以後のことであり(右荷受人変更通知が被告に到達した時期については、意思表示が相手方に到達したといえるためには相手方がこれを了知し得る状態におかれることが必要であるところ、荷送人から荷受人変更の通知を受けた通運業者は以後直ちに新たに指定された荷受人に運送品を引き渡すべき義務を負うに至りその後変更前の荷受人に運送品を引き渡したときは義務の不履行を生ずるのであつて、このような荷受人変更通知の効果に徴すれば、被告会社高野口出張所及び同白鳥支店は共に通運業者である被告会社の一営業所であるが、地域的に分割されて業務を営むものであるから、被告が荷受人変更の通知を了知し得る状態におかれるのは被告が荷送人の指示に従つて措置をとり得るように、右変更通知が現実に運送品を管理する各営業所に到達したときと解する)、又佐古駅発二車分四二本及び三八本についても、荷受人変更通知が被告会社白鳥支店に到達したのは同年五月六日であつて、それは訴外杉山商事が右原木の引渡請求をしたとみられる同年五月一日及び二日の後であるからいずれも荷受人の変更の効力を生じない。
次に原告は荷渡指図書による荷受人の変更を主張するが、本件荷渡指図書は荷受人である訴外杉山商事が運送品の現実の引取人として原告又は原告会社名古屋出張所を指図したに止まり、右指図書によつて荷受人が訴外杉山商事から原告に変更されたものということはできない。すなわち荷受人は荷送人通運業者間の通運契約の当事者ではないのに、通運業者が荷受人に対して運送品引渡義務を負い、荷受人が通運業者に対して到達地に到着した運送品の引渡請求権を有するに至るのは荷送人通運業者間の通運契約に基くものであるから、通運業者が通運契約上の義務を履行したといえるためには到達地において荷送人の指示した荷受人に対して運送品を引き渡すことが必要である。ところで荷受人は到達地に達した運送品の引渡請求をすることによつて荷送人の有する通運契約上の権利を取得するに至り、ここにおいて通運業者は先ず荷受人の指図に従う義務を負うのであるから荷受人が運送品を第三者に引き渡すように指図した場合には、通運業者は右指図された第三者に運送品を交付すべきことになる。しかしながら通運業者が右の如き指図に従つて運送品を第三者に交付するのは荷送人との通運契約に基いて負担するところの荷受人に対する運送品引渡義務の履行であつて、荷受人とその指図した第三者との間において第三者をして運送品を受領させるに至つたことにつき如何なる原因関係があるにせよ、右の如き荷渡の指図をしたのみでは通運業者の運送品引渡義務が荷受人に対するものであることを左右するに足りない。通運業者が指図された第三者に運送品を現実に交付するのは荷受人に対する引渡義務の履行の態様に過ぎないのであつて、右交付により通運業者は荷受人の指図に従い引渡義務を履行したという免責の効果を得るに至るが、右荷渡の指図によつて第三者に対しあらたに引渡義務を負担するものではない。本件における荷渡指図書(前記乙第六号証の一乃至三)はその文面に「本書持参の原告へ御引渡し下さい」又は「本書と引換に原告名古屋出張所中島滋麻吉殿に引渡し下さい」と記載されており、又右荷渡指図書が作成交付されたのは証人中島滋麻吉、山守照正の各証言及び原告代表者小林秀義尋問の結果によれば、原告が通運委託後の事情により荷受人である訴外杉山商事への本件原木の引渡を中止すべく、昭和三六年五月一日昼頃被告会社白鳥支店に直接荷受人を原告会社名古屋出張所に変更する旨申し出たところ、被告会社白鳥支店が発駅からの指示でないから応じられないと返答し荷受人変更ができなかつたため、翌二日午前一〇時頃訴外杉山商事において原告会社代表者小林秀義、原告会社名古屋出張所長中島滋麻吉及び訴外杉山商事の平野某が話し合つた結果、訴外杉山商事が原告に右指図書を交付して原告が本件原木を直接引き取ることができるようにしたという経緯によるものであるから、右荷渡指図書の交付は右に述べた荷受人が運送品の現実の引取人として第三者を指定した場合に当るものというべきである。したがつて右指図書上の被指図人は単に荷渡指図書の交付を受けたことによつて荷受人たる地位を取得するものではなく、通運業者がその義務の履行として荷受人に運送品の引渡提供をするのに対し、被指図人は荷受人との原因関係が如何様であるにせよ通運業者に対する関係においては荷受人の指図に基き荷受人に代つて本件原木の交付を受け得るに過ぎない(原告代表者小林秀義の供述によれば、被告白鳥支店到着係山守照正は原告代表者の荷受人変更申入に対し、荷受人の発行した荷渡指図書を持参すればよい旨述べたことが認められるが、右山守の述べたところは上記の趣旨に解すべきものである)。通運業者は右指図書上の被指図人に本件原木を交付することによつて荷受人に対する運送品引渡義務を履行したことになり免責される効果を得るものであつて、右荷渡指図書は通運業者に対し右の如き免責の効力を生じさせる免責証券たるに止まり、荷受人たる地位を化体し或は法定された貨物引換証の如く運送品引渡請求権を表象した有価証券とみることはできない。よつて原告は右荷渡指図書上の被指図人であることによつて荷受人となり或は荷受人である訴外杉山商事とは別個に運送品引渡請求権を取得することはできないものというべきである。
右の如く原告が荷受人変更の申出をなし或は荷渡指図書を呈示したことのいずれによつても荷受人変更の効力を生ぜず、又荷渡指図書上の被指図人であることによつて本件原木の引渡請求権を取得するものでもない。また訴外杉山商事が原告に右荷渡指図書を交付するに当り被告に対して有する本件原木の引渡請求権を譲渡したとしても、被告に対して右債権譲渡の通知がなされていないから、これをもつて被告に対抗することができない。もつとも右荷渡指図書が原告から被告に交付されているが、右荷渡指図書は免責証券に過ぎないのであるから右交付に債権譲渡通知の効力を持たせることはできない。したがつて原告はいずれにしても被告に対する本件原木の引渡請求権を取得しないから、本件原木の引渡を求める原告の本訴請求は失当である(原告が荷渡指図書の被指図人として荷受人である訴外杉山商事を代理して本件原木の引渡を求めることは訴訟上許されない)。
次に被告の損害賠償請求について判断する。
被告は本件原木一〇九本の運賃債権一三三、八五五円及び訴外杉山商事に対する旧運賃債権金三〇〇、六〇〇円合計金四三四、四五五円の支払がなされる迄本件原木一〇九につき留置権を行使する旨主張するが、右原木到着と同時に口頭で留置権行使の通知がなされたことを認めるに足りる証拠はないから、右留置権行使の意思表示がなされたのは当事者間に争のないところである昭和三六年五月一八日付内容証明郵便によるものである。
ところで成立に争のない甲第一号証、乙第二号証の一乃至三、証人杉山力雄の証言によつて成立の認められる乙第一号証の各記載、証人杉山力雄、加藤国明の各証言によれば、本件原木の運賃は佐古駅発一車四二本分が金四七、四三〇円、同駅発一車三八本分が金四七、三三〇円、高野口駅発一車二九本分が金一八、七七〇円及び着荷手数料金一三〇円合計金一八、九〇〇円であること(以上合計金一一三、六六〇円)、右とは別に被告は訴外杉山商事に対して昭和三六年四月三〇日現在運賃債権金三〇〇、六〇〇円を有していることが認められる。被告は本件原木の運賃が合計金一三三、八五五円である旨主張するが、右金額を認めるに足りる証拠はなく、また原告主張のように高野口駅発一車分の運賃合計金一八、九〇〇円が支払われたことの立証もない。又成立に争のない乙第一一号証、第一二号証の各記載によれば、被告は佐古駅発二車分の運賃合計金九四、七六〇円相当の金員を受領しているが、これは被告が仮りに原告から金九四、七六〇円を受領すると同時に原告に対し本件原木を引き渡すべき旨の原被告間の当裁判所昭和三六年(ヨ)第五〇八号動産仮処分決定の執行に際し原告が仮りに被告に手渡したものであつて、これをもつて右運賃金九四、七六〇円の支払がなされたものということはできない。
被告は訴外杉山商事に対する本件原木の運賃債権金一一三、六六〇円及び旧運賃債権金三〇〇、六〇〇円による商事留置権の行使を主張するが、商事留置権行使のためには本件原木が荷受人の所有であつて且つ荷受人との間の商行為によつて運送取扱人の占有に帰したものであることを必要とする。そこでまず原告と訴外杉山商事間の本件原木の売買契約について判断するに、前記乙第二号証の一乃至三、証人杉山力雄、加藤国明の各証言によつて成立の認められる乙第七号証の各記載、証人杉山力雄(一部)、同加藤国明の各証言によれば、本件原木一〇九本について原告と訴外杉山商事との間に売買契約が成立していたことが認められる。尤も証人杉山力雄の証言及び原告代表者小林秀義の尋問結果によれば、原告は訴外杉山商事との間に本件佐古駅発二車分の原木の売買契約をなしたが、右原木の発送が遅れ訴外杉山商事の商取引に差し支えたので、本件原木とは別に高野口駅から原木を送付し、これによつて右佐古駅発二車分の原木の発送を待たずに訴外杉山商事の当面の需要をみたしたのみならず、本件原木については未だ単価がきめられていないことが認められるけれども、証人杉山力雄の証言及び右証言によつて成立の認められる乙第一号証の記載によれば、原告は訴外杉山商事に対し継続的に原木を売却しているが、その単価は訴外杉山商事が他へ転売する際に至つても末だ定められていない場合もあり、必ずしも原木発送の際までに定められているものとは限らないのであつて、このような両者間の継続的取引の実態に加えるに、原告代表者小林秀義の尋問結果によれば、原告は高野口駅発の別便が本件佐古駅発二車分の運送委託以前である昭和三六年四月二五日頃に訴外杉山商事に到着している状況であるのに、荷送名義人である訴外木内材木店に対し本件原木を送らないように速かに通知することなく、又証人加藤国明、同山守照正の各証言によれば、訴外杉山商事においても右原木到着の通知を受けるや直ちに名古屋市内大曽根の東陽木材市場へ運ぶよう指示して右原木引取の意思があることを表示しているのであるから、前記の如き事情があつたからといつて原告が佐古駅発二車分の原木を売却する意思がなかつたものということはできない。また原告代表者小林秀義は、本件高野口駅発一車分の原木について荷受人の指示をしないうちに被告が白鳥駅へ廻す貨車分について従来の例により間違つて荷受人を訴外杉山商事として発送したものである旨述べているが、もし右供述のとおりであるとすれば、その後原告がなした荷受人変更は当然本来の荷受人へ変更したとみるべきであつて、変更後の荷受人は本来の荷受人として右原木の到着につき予め了解している筈であるのに、証人中島滋麻吉の証言によれば、新たに荷受人に指定された原告名古屋出張所は右原木の送付について何ら通知を受けていないのであるから右供述は措信しない。
原告は右売買契約が合意解除された旨主張する。前記認定のとおり本件原木を通運委託した後である昭和三六年四月末頃訴外杉山商事が原木代金支払のために振り出した約束手形の支払が拒絶されるに至つたので、原告は訴外杉山商事に対する右原木の引渡を中止すべく同年五月二日訴外杉山商事と話し合つた結果、訴外杉山商事が作成した荷渡指図書(前記乙第六号証の一乃至三)をもつて原告が直接被告白鳥支店から右原木の交付を受けることとしたものであつて、右事実に徴すれば訴外杉山商事は右荷渡指図書を原告に交付した際に自らは右原木を引き取らない旨約し、原告と訴外杉山商事間の本件原木の売買契約は合意解除されたものというべきである。右合意解除によつて訴外杉山商事は本件原木の所有権を取得せず、また右合意解除がなされたのは被告が留置権を行使するに至つた昭和三六年五月一八日より前であるから、被告は訴外杉山商事に対する本件原木の運賃債権及び旧運賃債権により商事留置権を行使して本件原木を留置する権利を有しない。
しかしながら被告は本件原木の運賃合計金一一三、六六〇円の支払がなされる迄、右原木一〇九本につき運送取扱人としての留置権を行使し得るものである。
原告は被告が訴外杉山商事に対して有する旧運賃債権により本件木材について留置権を行使するのは権利の濫用である旨主張するが、右旧運賃債権による留置権の行使が認められないことは前記の如くであるから、右主張は採用することができない。
ところで原告が当裁判所昭和三六年(ヨ)第五〇八号動産引渡仮処分決定により同年六月一七日被告が占有中の本件原木につき仮りにその引渡を受け、その直後これを第三者に売却処分したことは当事者間に争がない。被告は原告の右仮処分執行及び第三者への売却行為により本件原木に対する留置権の行使が不能となつた旨主張する。右仮処分によつて原告が取得した本件原木の占有は仮りの状態であつて、被告はこれがために本件原木に対する占有を確定的に失うものではなく、しかも原告が前記の如く被告に対し自ら荷受人としての運送品引渡請求権を有していないのであるから、右仮処分執行は違法であつて、原告が本件原木を仮りに占有するとみられる状態にある限り、本案訴訟における原告の敗訴確定と共に被告は仮処分執行以前の状態を回復し得、結局本件原木に対する占有を失わないから、右仮処分執行によつて直ちに本件原木に対する留置権を失つたものということはできない。しかしながら原告が本件原木を第三者に売却譲渡した場合には、もはや原告は本件原木を被告に返還し仮処分執行以前の状態を回復できなくなつたのであるから、被告は本件原木に対する運送取扱人としての留置権の行使は不能となつたものということができる。原告の右売却行為は仮処分権利者としてなしたものであるが、仮処分執行は本執行前に債務名義なく債務者に侵害を加える結果となるので、なるべくその濫用を慎ましめ債権者の軽挙を抑えて不法な執行に対する債務者の保護を充分にするのが衡平であるから、仮処分が違法である以上は特別の事情がない限り過失があるものと推定すべきであつて、原告の右売却行為は不法なる仮処分債権者としての行為であり、しかも原告は右原木が仮処分により仮りに引渡を受けたものであるにせよ取引業者としては保管を継続することなく時機をみてその売却をなすのが通常であるから、右売却行為は仮処分執行と相当なる因果関係があるものといわなければならない。原告は本件において仮処分執行につき過失なき特別の事情を主張且つ立証しないから、右不法な仮処分の執行によつて仮りに取得した本件原木を他に売却し、もつて被告の本件原木に対する運送取扱人としての留置権を不法に消滅させたことによる損害を賠償すべきものである。
右損害賠償について、本件原木一〇九本の価格がその運賃債権額金一一三、六六〇円を越えるものであることは、佐古駅発二車分の原木合計八〇本の価格が金三一九、五〇〇円を越えることが当事者間に争のないところからみて明らかであつて、被告は原告の不法な仮処分執行及びその後の売却行為がなければ、右原木につき留置権者として競売をなし、その結果得られるであろう競売代金から運賃相当額金一一三、六六〇円の全額弁済を受けられるのに、右不法な仮処分の執行及びその後の売却行為によつて留置権を失い競売による債権の満足を得る方法を達せられず、右運賃額相当の損害を蒙つたものである。もつとも留置権者は優先弁済権を有するものではないが、本件原木が訴外杉山商事の所有でないことは前記認定のとおりであるから、訴外杉山商事に対する他の債権者が右競売代金について配当加入する余地はなく、被告は右運賃債権全額の弁済を受けられる状態にあるものである。したがつて被告は右運賃債権相当額金一一三、六六〇円の損害を蒙つたものであるところ、被告は前記仮処分の際受領した金一一四、九五五円を本件債権より控除すべきことを主張しているので、右金額相当分については本件において損害金として請求しないことが明らかであるから、右受領金額分を差し引けば本件における被告の請求分は零となり、被告の損害賠償請求は全額その理由がない。
よつて原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 小津茂郎 渡辺一弘)